カレーへの道 1

 第二ミルチアへ向けて航行中のファウンデーション。その中心、今は摩天楼となっているデュランダル内部の通路を歩いていたシオンは、小さな代表理事が走ってくるのを見付け、足を止めた。

 向こうもこちらに気付いたようで、ぱっとその表情を輝かせると、彼――Jr.はシオンの目の前で急ブレーキをかけて止まる。

 そして、挨拶もそこそこに言ったのだ。

「なぁ、シオン。俺、カレーが食いたい」

 その台詞があまりに唐突だったものだから、シオンは最初相手の意図するところが分からなくって目をぱちくりとさせた。対するJr.は至って真剣な顔をしている。

 しかし、曲がりなりにも彼はこのデュランダルの主なのだ。カレーでも何でも、言えばすぐに用意出来るのではないのだろうか。そう思ったので、シオンは素直にそれを口にした。

「カレー? だったら、シェリィさんかメリィさんに言ったら……」

「違うって! 俺はシオンの作ったカレーが食いたいんだよ!」

「――私、の?」

 遮るようにして言われた言葉は、彼女にとって思いがけないものだった。

「船長達に聞いたんだ。シオンのカレーはすっげぇ美味いってさ」

 先ほどのエルザクルー達との会話を思い出し、Jr.は唇を尖らせる。

 ――シオンの作ったカレーは美味しかった――

 ――食事中も甲斐甲斐しく世話を――

 そんな事を、特にトニーがデレデレと相好を崩しながら話すものだから、羨ましいと思う前にムカついた。

(畜生、俺だって。)

 カレーに限らず、好きな相手の作った料理を食べたいと思わない者がどこにいるだろうか。それも、出来れば二人きりで。

「やっぱ、急だったか……?」

「ううん。丁度一区切りついたところだし、そんな風に期待されてるんだもの。応えられるように張り切って作るわ」

 ふわ、と。少し照れたように笑って言ったシオンに、Jr.は小さくガッツポーズ。

「やっりぃ! あ、そうだ、何か必要な物とかは――」

「んー……そうね。スパイスはこの間買ったから十分だし、あとは具材かな。用意しないと」

「じゃあさ、早速買いに行こうぜ!」

 邪魔の入らぬ内にとばかりにシオンの手を取って走り出そうとしたJr.だったが、そこに可愛らしい声が割って入った。

「お二人とも、どうしたんですか?」

「モモ!?」

「こんにちは、シオンさん。――Jr.さんも」

 花が零れるような笑みを浮かべてシオンに挨拶したモモは、次いでJr.にも視線を向ける。

 にっこりと微笑むその表情は可憐なものであったけれども、言い知れぬ迫力を感じるのは気のせいだろうか。

(モモのセンサーからは逃げられないですよ。)

 そんな幻聴まで聞こえてきてJr.の頬に冷や汗が伝った。思わず繋いでいた手も離してしまう。

 二人の手が離れたのを見て、モモは再びシオンの方を見た。

「それで、どうしたんですか?」

「Jr.君がカレーを食べたいって言ってくれたから、これから作ろうと思って」

「カレーですか? モモ、シオンさんのカレー大好きです!」

「有難う、モモちゃん」

 にこにこにこにこ。無邪気に話すモモに、優しく笑うシオン。

 とても微笑ましい光景なのだが、一気に除け者にされてしまった気分だ。と、言うか完全にそうなってしまっている。

「是非お手伝いさせてください。それにモモ、シオンさんにお料理を教えてもらいたいです!」

「それじゃあ、一緒に作りましょうか」

 トントン拍子に話は進んでいく。

 どうやら思い描いていた予定とは少し違ったものになってしまいそうだが、二人ともとても楽しそうにしているし、まぁ良いか――そんな風に考えていたJr.は、その後己の考えが甘かったと思い知る。モモが、くるりとJr.の方に向き合うと、それはそれは無邪気な可愛らしい笑みを浮かべて言ったのだ。

「Jr.さんもお仕事があるでしょうし、モモがあとで持っていってあげますね」

「は!?」

「それじゃあ、シオンさん。行きましょう」

「えぇ。――Jr.君、カレーが出来上がるまでちょっと待っててね」

 笑顔を残し、モモに手を引っ張られながらいなくなってしまったシオン。

 異議を唱える間もないほど素早いその行動に、Jr.はただ呆然とするしかなかった。

 

 

 その後。

 執務室にモモが持ってきたカレーは評判通りとても美味しいものだったのだが、肝心のシオンがいなかったので少し物足りなく感じた。

「次こそは……!」

 拳を握り締め決意するJr.だったが、その願いが叶う日は少し遠そうである。