そのキスを残して

 シオンとモモ。

 最近彼女達は、寝る前にある決まった行動を取るようになった。

「おやすみ、モモちゃん」

「おやすみなさい、シオンさん」

 シオンがモモの額にキスをする。それを受けてモモはにっこりと幸せそうな笑みを浮かべる。

 嬉しそうなモモへ向けられるシオンの眼差しは穏やかで、そんな二人の姿はまるで仲の良い母子のようだった。

 ――そう、つまり、これがその行動。

 いわゆる“おやすみなさいのキス”だ。

 いつ頃から行われるようになったのかは覚えてないけれど、モモが眠る前に交わされるキスはもうすっかり習慣となっていた。

「皆さんもお休みなさい」

 足取りも軽くモモが部屋を出て行く。これでこの場に残ったのは、俺と、シオンと、ケイオスと――あぁ、それとアレンも。全員口々に「おやすみ」とモモに告げて、それを皮切りに解散ムードが漂い始めた。

 時計が指す時刻は十時半。子供はとっくに寝る時間。

「Jr.君も、もう遅いから寝なさい?」

 モモを見送ったシオンが今度は俺に向かって柔らかく微笑んだ。

 俺の事を“子供”と認識しているシオンは、当然俺への対応も子供のものになっている。母親のような温かさを感じる彼女の態度は嫌いではなかったけれど、物足りないと感じているのも常日頃。

 でも、今は。

 ――試してみようか。

 彼女が俺の事を“子供”だと思っているなら、それ相応にちょっと甘えてみようじゃないか。にんまりと俺は笑った。

「ん、そうだな。もう寝るよ」

 部屋を出る素振りを見せて、シオンの傍に近付く。

「寝るからさ――なぁ、シオン。俺にもさっきのやつしてくれよ」

「さっきの?」

 シオンを見上げながら言えば、彼女は首を傾げた。その姿が可愛らしい。

 彼女の視線が先を促している。俺は無邪気さを装った笑みを浮かべた。

「“おやすみなさいのキス”」

 シオンが目をぱちくりとさせた。それからくすりと笑って「良いわよ」と頷く。

「おやすみなさい、Jr.君」

 シオンが身を屈めた。額にふわ、と落とされるキスの感触。

 柔らかくて、温かくて、少しくすぐったい。赤茶の髪がさらりと滑って、俺の頬を掠めた。甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。それだけで目眩がするほどのこの幸福感!

 一部から突き刺さるような殺気が向けられたけれど、それがなんだというのか。優越感にふふんと笑う。

 これはこの姿だからこその特権だ。

「――シオンも」

 彼女の身体が離れる前に、掠めるようにその柔らかな頬へ。

 不意打ちに驚いた顔をしたシオンと、一層膨れ上がる殺気。

 目論みは大成功。自然と笑みが浮かぶ。

「おやすみ!」

 そのキスを残して、俺はとっととその場から退散した。