探していた人物はキャビンのソファに横たわっていた。どうやら眠っているようだ。
周りに人はいないとはいえ、あまりに無防備な姿に溜息が漏れる。
眠る彼女の顔は普段よりずっと幼く見えて、可愛い。だからこそ、なるべくなら他の人間(特に男)には見せたくないのが本音。
寝るならしかるべき場所で寝た方が良い。眠りを妨げないように彼女を運べたら一番なんだろうけれど、生憎俺と彼女の身長差ではそれは難しい――非常に悔しい話だが――ので、俺は彼女を起こそうとソファに近付いた。
(それに、こんな所で寝てたら風邪引くしな。)
心の中で言い訳みたいに付け足して、
「シオ――」
かけようとした声を飲み込む。身体を揺さぶろうと、彼女に伸ばした手が止まる。
彼女は確かに眠っていた。眠っていたけれども、
――泣いていた。
はらり。はらりと。
長い睫毛を、すべらかな頬を、静かに涙で濡らしていた。
今まで、彼女の泣く姿は沢山見てきた。
ある時は感情の昂りを吐露するように激しく、ある時は深い嘆きを嗚咽に混ぜて。自らの不甲斐なさを悔やんで声を殺して泣く事もあった。そして、これは、
(――知っている。)
知っている。こんな風に、眠る彼女が静かに涙を流す時、一体誰の夢を見ているのか。俺は知っている。
いっそ安らかといっても良いような表情で、ただ涙だけを零して。やがて、ぽつりと言葉を漏らすのだ。
深い深い悲しみと、同じくらいの愛しさの篭った声で、ただ一人の男の名前を。
その時の彼女はとてもとても綺麗で、触れてはいけないような気さえする。それと同時にそんな彼女を見ていたくなくて、その眠りを妨げて夢を壊してしまいたいとも思った。
「……っ……」
彼女の手が何かを求めるように彷徨う。それを捉えて握り締めると、彼女の表情が微かに緩んだ。
はらり。はらりと。変わらず涙を零したまま。
「――シオン」
幸せそうにも見える幼い寝顔に、胸が締め付けられて泣きたくなった。
自分の手は彼女の手を包み込むには小さくて。でもきっとあいつは違ったんだろう。
彼女の夢の中にいるのは顔も知らないあいつ。現実に手を握っているのはあいつとは違う俺。
じゃあ、今、夢の中で君の手を握っているのは、誰――?
「……ケ――」
唇が、俺ではない名前を紡ぐその前に。
俺は彼女の口を塞いだ。
それでも彼女は夢に捕らわれたまま――ただ、涙の味がした。