「シオンさん!」
自分を呼び止める可愛らしい声にシオンは振り返った。
「なに? モモちゃん」
走ってきたのだろう。その名と同じ桃色の髪の少女は微かに頬を上気させている。
シオンの表情が、ふ、と和らいだ。
「そんなに急いで、どうしたの?」
声が穏やかなのはモモの顔に笑みを見たからだ。
再度の問いかけに、モモははにかむように笑った。手を身体の後ろへとやって、言葉にするのを照れている……そんな少女の様子に、シオンは小さく首を傾げた。
「モモちゃん?」
「あ、あの……シオンさん。ちょっと、屈んでくれませんか?」
三度目の問いかけがシオンの口から出る前に、やっとモモがそう言った。
(何かしら?)
唐突に言われて疑問に思ったが、モモの顔を見ればその目は期待に満ちていて、微笑ましい。
彼女の目的は不明だが少女の性格から考えても決して悪い事などではないだろう。
その表情にどこか既視感を覚えながらシオンは素直に身を屈める事にした。
モモと視線が同じになる。
――ちゅっ
小さな音。頬に当たったのは羽のように軽く、温かな感触。
「モモちゃん……?」
「えへへ」
目を瞬かせてモモを見れば、彼女は頬を染めながらも、悪戯に成功したような満足気な表情で笑っていた。
そしてシオンは既視感の正体を思い出す。
先程の少女の笑みは、赤毛の少年が何かを企む時に浮かべる笑みと同種のものであったと。
「モモ、昨日古い映画を見たんです。そうしたら、親しい人達の挨拶だって、こうしてて。……モモも真似しちゃいました」
そういえば、まだ人々がロストエルサレムに住んでいた頃、ある国ではそんな風習があったと何かの本で読んだ事を思い出す。
モモが見た映画がその時代の物なのか、それともかつての時代を模した物なのか……それは分からなかったが、行動の理由を話す彼女の顔は得意げで、嬉しげで。自然とシオンの顔に笑みが浮かんだ。
だが、
「……でも、あの、嫌でしたか……?」
急に不安になったのだろう。
風船がしぼむように、モモの元気がなくなってしまった。
声が段々と小さくなり、今までの笑みが嘘のようにその表情は陰ってしまっている。
くい、とシオンの服の袖口を遠慮がちに引っ張る顔は不安に彩られていて、やがて彼女は俯いてしまった。それを見て、シオンは慌てて首を振る。
「ううん、そんな事ない!」
否定の声に、弾かれるようにモモは顔を上げた。シオンはふわりと優しい笑みを浮かべる。
「とっても嬉しかったわ。有難う、モモちゃん」
その言葉に安心したのか少女の顔に笑みが戻る。
シオンはさらに笑みを深めると、身を屈め、己の頬を寄せるようにして、少女特有の柔らかな頬にキスを返した。
親愛の情を込めて。
可愛いあの子に口付けを。