バージルに移植手術を施す為にジン・シオン・モモ(執刀医はジン、あとの二人は助手だ)が扉の向こうに消えたのを見送った後、Jr.は所在なさげに息を吐いた。
――何もする事がない。
自分には医療の知識はないので手伝えない。かといって待つ間に必死で患者の回復を祈るには、相手の事を知らないし、そもそも彼は先ほどまで敵対していた人物なのだから祈る理由もない。(もっとも、今怪我を負っている“彼”はどうも自分の知る“彼”とは少し違うようだが。)
ただ、シオンがバージルの事を助けたがっているようなので、無事に助かれば良いとJr.は思った。彼が助からなければ、きっと、彼女は少なからず悲しむだろう。それはとても嫌だ。
Jr.は改めて教会内を見渡した。この場所の記憶があるのは、忘れられない一年前。KOS-MOSのデータベースにエンセフェロン・ダイブした時だ。自らの過去を垣間見た末、最終的にシオンの記憶にあったらしいこの教会を訪れた。
あの時よりもずっと教会内は明るい。温かな空気を感じて、Jr.は、いつの間にか身体から力が抜けているのに気付いた。
突然、今までとは全く違う場所に放り出され、さらに船長達の安否は不明。今いる場所にはもしやという推測はあれど、何故自分達がそこにいるのか、その原因も不明だ。ゆえに、安心も油断も出来ない。精神的にも肉体的にもすっかり緊張しきっていたと言うのに。
それが、今はどうか。この教会の空気はひとを拒むのではなく全て受け入れ包み込むように優しく、だからこそ、緊張の解けている自分がいる。
「――ん?」
ふと、視線を感じて、Jr.は顔をそちらに向けた。この教会を訪れた時、最初に扉の向こうから現れた白いワンピースを着た少女が、じぃ、と彼を見上げている。
「……ねぇ、おにいちゃん。あの兵士さん、助かるよね?」
レンズの向こう、不安に揺れる碧の双眸に既視感が生じる。小さな手が縋るようにジャケットの裾を掴んだのに少し驚いたが、それをおもてには出さず、少女を安心させるようにJr.は小さく笑んだ。
「あぁ、大丈夫だ。皆付いてるしな」
力強く断言すると、少女は安心したのか表情を僅かに緩ませた。
「そうだよね、助かるよね」
少女が繰り返す。自分自身に言い聞かせるような言葉だったが、不安の色は薄れていた。
ジャケットから手を離すと、彼女は真っ直ぐJr.を見上げた。
「おにいちゃんの名前は? あ、じゃ、なくて、わたし、シオンっていうの」
「シオン?」
「そう。それで、おにいちゃんの名前は?」
少女の名前を聞いた時、驚きは少なかった。心のどこかでもしかしてと予想が出来ていたのだろう。あぁやっぱり“彼女”なのだと納得した。
自分よりも背の低い彼女が自分を見上げているという状態にとても不思議な感じがする。(しかも“おにいちゃん”などと呼ばれるとは!)
奇妙な感動を覚えながら、Jr.は答えた。
「俺の名前は――Jr.、だ」
「Jr.……おにいちゃん?」
「あぁ」
少し迷って、彼は、結局その名だけ名乗った。小さく首を傾げて反芻する少女に頷き返す。
「ねぇ。Jr.おにいちゃんも、お祈りしよう?」
「お祈り?」
「そう! 兵士さんが、元気になりますようにって」
子供の柔らかな手がJr.の手を掴んだ。呆気に取られる彼の手を引き、小さなシオンは歩いていく。
「こうやって座ってね、お祈りするの!」
台座の前に膝を付いて座った彼女は、自分の隣に座るよう手を引っ張って促している。そうして、戸惑いながらも隣に膝を付いたJr.を見て満足げに笑った。
それから小さなシオンは手を離すと、今度は祈りの形に手を組んで、目を閉じ、俯いて祈り始めた。
Jr.はその様子を眺めて苦笑した。祈る神などいない自分には、誰に向かって祈れば良いのか分からない。けれども、隣の少女は祈りに懸命で。
彼はそっと目を閉じると、どうかこの小さな少女の祈りを聞き届けてくれと、彼女が祈る神に対して願った。