それが君の常套句

「だって、Jr.君は子供じゃない」

 それは、何かとシオンの口から零れる言葉だ。

 実際俺の外見は子供だし、それを利用する事もあったし、彼女と出会った頃も実年齢を告げる事もなく――機会もなく――彼女が思っているように“子供”として振舞ってきた。

 しかし、だ。今と前とでは事情が違う。

 はっきりと告げた訳じゃない。けれど、モモの解析の時にシオンは俺の過去を知る事になって、俺が見た目通りの年齢じゃないと解ったはずだ。それなのに彼女の口からその言葉が飛び出す事が、ここ最近多くなった気がする。特に、俺に対する無防備さを指摘された時、彼女は必ずそう言うのだ。そして、今回も。

 

 ここはシオンの部屋で、俺と彼女の二人しかいなくて、目の前の彼女はとても無防備で、だから「あんまり男の前で無防備になるなよ」と軽口めいて警告をしたんだった。それに対して、やっぱり出た彼女の常套句。

 いつもだったら拗ねたフリでもして適当に受け流す言葉も、その時だけは何故か引っ掛かってそのまま流す事が出来なかった。ふい、とそっぽを向いて目を合わせようとしないシオン。沸々と身体の奥底から怒りにも煮た感情が沸いてくる。

「……子供だから、手を出さないって?」

 自分のものではないような、低い声。「え、」と振り向いたシオンの手首を捉え、そして。

 彼女の身体は今、自分の下にあった。彼女の両手は俺の右手でもって捉まれ押さえ付けられ、ソファの上に縫い止められている。呆然と見上げている目は驚きに見開かれていて、まだ状況が理解出来ていないようだった。

「――な……は、放して、Jr.君!」

 己の状態を理解したのか、ようやく、シオンが拘束から抜け出そうともがいた。けれどもこっちに放す気はない。拘束する力を強める。身体が小さかろうと、相手の動きを封じる術はある。やがて、何をしても抜け出せないと悟ったのか、彼女は動くのを止めて代わりに強く俺を睨み付けた。小さくも可愛らしい抵抗に、くつ、と喉奥で笑う。

「これでも、シオンは俺の事子供だからって安心していられるのか?」

「――っ」

 ツイと彼女の喉元から鎖骨にかけてを人差し指でなぞると、びくりと身体が跳ねる。「じゅにあ、くん……!」喘ぐような声には制止の色が濃く浮き出ていて、瞳に微かに怯えが走った。その声も姿も何もかもが煽情的で、このまま彼女を喰らい尽くしてしまいたい衝動に駆られる。彼女の中に俺という存在を刻み込ませて、そして彼女の存在を全て、自分のものに。――なんて昏くて醜い征服欲。それは甘美な毒となって全身をじわりじわりと侵食していく。

 

 欲に任せ、理性も何もかもかなぐり捨てて、そして――。

 

 けれども、そんな事をしてもシオンが手に入らないであろう事は解っていた。

 そう、今も。シオンは怯えながらも睨み付ける事を止めてはいない。無理矢理力で押さえ付けても、彼女はそれに屈服するような人間ではない。欲に負けてしまえば、永遠に彼女の心を手に入れる事は出来ないだろう。(ついでに、事が露見すれば命も終わる。)そんなのは本意じゃない。

 ――本意じゃない、が。

 最近の態度が少なからず腹に据えかねていたのも事実だった。

「シオン」

 打って変わって優しい声色で名前を呼ぶ。ほんの少し手の力を緩めると、雰囲気が変化した事に気付いたのかシオンが僅かに緊張を解いた。そんな様子ににっこりと笑みを浮かべて、

「忘れないでくれよ。こんな姿だからって、心までガキじゃないんだって事」

 仕置きと警告の意味を込めて、彼女の、白くほっそりとした首筋に噛み付くようなキスをした。