メールに書かれていた待ち合わせの場所は、街の中心にある公園の、シンボルともなっている大きな噴水の前だった。
天気も良く、気温もそれほど高くない。とても気持ちの良い日だ。なおかつ休日というのだから、公園には普段より多く、家族連れや寄り添いながら歩く恋人達の姿が見えた。
その間をすり抜けるようにして、走る。目指す場所まであと少し。時間に余裕はない。速度を少し上げた。全力とまではいかないけれど。
前方にきらきらとした光が見えた。視界が開ける。
目指していた噴水があった。水が光を反射して輝いている。少しずつ速度を落として周囲を見渡した。彼女はどこに?
「――時間ぎりぎりよ?」
「悪い……」
穏やかに笑う彼女がそこに立っていた。苦笑を浮かべつつ謝罪する。腕時計を見ると、丁度、待ち合わせの時間から秒針が数秒進んでいたところだった。
「待ったか?」
「ううん、そんなには。それに、こんな風にあなたを待つなんて久し振りだもの。懐かしかったし――とても、楽しかったわ」
ふうわりと、シオンは出会った頃から変わらない柔らかな笑みを浮かべる。そんな風に笑う彼女は、やっぱりとても綺麗だ。そして俺は、いつになっても何度見ても、その笑顔に平静でいられなくなる。
「シオン、お前今日の事知ってただろ」
平静さを取り戻そうと別の話題を振る。疑問ではなく断定の言葉に、シオンは「えぇ」と頷いた。
「あの子に相談を受けたもの。パパの予定が空いてないとそもそも成り立たないからって。ママの協力が必要なの! ってね」
ふふふ、と碧の目を細める。なんとも楽しげな表情に朝の娘の顔が重なった。――なんだ、シオンにだって、似てるじゃないか。
「本当、見事なサプライズだったぜ」
「あら、当然じゃない。だってあなたの子供よ?」
「――だな。流石、俺の娘だ」
シオンの言葉に破顔して、笑う。彼女も笑っていた。
二人してしばらく笑った。それから、先に口を開いたのはシオンだった。
「父の日のプレゼントなのに、私もプレゼントを貰ったみたいよ」
「シオンも?」
「だって私までこんなに嬉しい時間を過ごせるんだもの。デート前の気持ちを味わえるなんて、まるで結婚前に戻ったみたい。ね、“Jr.君”」
悪戯っぽく微笑んで、シオンはかつての名前を口にした。その響きが懐かしい。
「あー……でも、実際に結婚前に戻るのはご免だな」
懐かしい気分のついでに、思い出した苦渋の記憶(あまりに強敵だったライバルの姿)を溜息と共に吐き出す。
愚痴めいた呟きにシオンがふき出した。
「私だって、結婚前に戻ろうなんて思わないわ」
そっと腕を絡ませて微笑む。その笑みと言葉に、俺がどれほど喜びを感じているかだなんて、きっと彼女は知らない。
「ねぇ、朝ご飯は食べてきた?」
「いや、時間なかったからな」
「じゃあ軽く何か食べて、それから映画を見に行きましょう。今からだったら次の回に丁度間に合うわ」
「そうだな。その後はちょっとぶらついて……この間、良い店を見付けたんだ。夕食はそこにしようぜ」
「えぇ。……ふふ、楽しみね」
会話に心弾ませながら歩き出す。日差しは柔らかく、風も心地良い。今日は最高の休日だ。
愛しい娘からの最高のプレゼントの始まりは、これから。