その、娘の笑顔を前にして考える。今日は何か特別な日だったろうか? 誰かの誕生日……には、該当する人間はなかったはず。では何か個人的な記念日か?
首を捻っていると、『――はい残念、時間切れー』言葉とは裏腹に嬉しそうな声がした。
『それじゃあ正解です。今日はねぇ、父の日なんだよ!』
言われて、あぁ、と思い至った。
知識だけはあったけれど、自分にとっては縁もゆかりもなかった行事だ。あの父親に感謝を伝えようなんていう殊勝な気持ちは露とも起こらなかったし、そもそもあの場所は行事ごととは全く無縁だった。父の日。馴染みがなくて思い付きもしなかった。
まさか自分がその対象になるなんて。くすぐったい気持ちだ。そしてとても嬉しい。得意げに胸を張って話す娘の姿にさらに喜びが溢れた。
「そうか、今日は父の日だったのか」
『うん。それでね、わたし、パパにプレゼントを用意したの』
「プレゼント?」
『そう。これから転送するけど、映画のチケット一枚』
……チケット?
『もう一枚はママが持ってるよ。公開日は今日まで。待ち合わせ場所は――』
「ちょ、ちょっと待て! 今日って、これからか!?」
『うん。だってパパ、今日はお休みでしょ?』
きょとん、とした顔を向けてくる。確かに今日は休みで、特に予定も用事もなかったが。――そういえば、この間シオンが休日の予定をやけに詳しく聞いてきたのは、この為だったのか……!
『ママと出かけるの、久しぶりでしょ? 最近は家族で出かける事が多かったし。だから、わたしからの父の日プレゼント! 今日は一日ママとゆっくりデートしてきてね』
にっこりと。満面の笑みを浮かべているマリーの姿に思わず苦笑した。あぁ、本当に何と言うプレゼントなのか。しかし内容はいかにも彼女らしい。
「有難うな。せっかくのプレゼントだ、今日は楽しませてもらうよ。――でも、お前はどうするんだ?」
『あ、わたしの事は気にしないで。今日はジンさんの家に泊めてもらうから。じゃあね、パパ。よい休日を!』
ひらひらと手を振って、娘の映像は途切れた。通信が切られたのだ。その後、メールの受信を知らせる音が響き、開いてみると【親愛なるパパへ】の件名で本日のプレゼントについてのメールだった。添付されていたのはチケット。
「――って、待ち合わせの時間まであと何分だ!?」
メールの本文に笑みが浮かんだが、待ち合わせの時間を見、すぐさま時計を確認する。拙い。急いで準備をしないと遅刻する!
俺は、慌てて部屋を飛び出した。