父の日 2

 ごそごそと動く気配がする。隣にあった温もりが遠くなって、きし、と軋んだベッドの音にうっすらと目を開けた。

「……し、おん?」

 眠い。意識はまだ半分眠っていて、なかなか目の焦点が合わない。ぼんやりとした視界の中で、妻が半身を起こしていた。

 ベッドから出ようとしているのか。そう思ったのと同時に引き止めるように彼女の腰に手を回していた。

「あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」

 優しい声が降ってくる。それには答えず、ただ耳に心地よい音に目を閉じて彼女に身を寄せた。温もりが戻る。

「――もう」

 呆れたような声。

「もしかして寝惚けてる?」

 くすくすと小さな笑いを含んだ声と共に、髪を梳かれる感触が伝わってくる。

「マリーのご飯用意してくるから……あなたはもう少し寝てて」

 ね? と小さな子供に言い聞かせるように優しく言って――時々、彼女は自分に対してこういう言い方をする。昔のように――静かに腰の戒めを外した。きしりとベッドが軋む音。うっすらと目を開ける。彼女の背が段々と遠ざかっていき、そして部屋から出て行った。起きようかと思ったが、結局眠気の方が勝ってしまい(何より彼女の言葉もある)、目蓋が落ちて意識が途絶えた。

 

 

 ――ピリリピリリと電子音が響く。布団を深く被った。耳に煩わしい音は遠くなり、満足してまたうつうつとまどろみの中へ戻ろうとして

『――? パパ? パパってば! いい加減起きてーー!!』

 大音量で響いた娘の声に飛び起きた。

『やあっと起きたのね。おはよう、パパ』

「あ、あぁ……おはよう」

 にこにこと満足げに笑う娘の姿が見えた。ただし、それはスクリーンに映るホログラフィックだ。端末に双方向の通信回線が開いている。

「マリー、」娘の名前を呼び、一呼吸置いて

「で、どこからかけてるんだ?」

 尋ねる。にんまりと、マリーの笑みが深まった。

『もちろん、外だよ。ちなみにママも少し前に出かけたはずよ』

「ママも?」

『だってわたしがお願いしたんだもん』

 こちらの驚いた顔を見たのだろう、その反応を楽しむようにくすくすと笑っている。

 情報が少なすぎて、状況が理解出来ない。しかし、それを聞き出そうとする前に、マリーが口を開いた。

『さて、問題です。今日は何の日でしょうか?』

 期待を含んだ表情で、自分と同じ色をした目がくるりと動く。顔立ちはシオンに似ているが、今の、楽しくて堪らないというように笑みが零れる表情は「そっくりそのまま父親ね」いつだったか、そう評して笑ったのはシオンだった。